うまくいかない原因は“努力不足じゃない”|方向を変えたら全部繋がった話
”どうして私の人生はうまく行かないの?!”
そういう気持ちから逃れられない人はいますか?
”うまく行くうまく行く”と、何度も唱えるように自分に言い聞かせ続けている日々を送っていても、そうなっていると感じることまではできたとしても、その先がどうしてもうまく行っていない・・
そういう方も多いかもしれません。
自分の気持ちをよく理解する事!と、本で書いているけど、その意味がよくわからないという人もいらっしゃれば、理解している!というひともいらっしゃるでしょう。
どちらにしてもうまく行っていない・・
その憤りを感じながら毎日を過ごしている人たちに読んでいただければ嬉しいです。
追い込まれたときにこそ感じてほしいこれまでの”うまく行く”という想い
窮地に立たされてしまうと、”もうだめかもしれない”という不穏な想いを抱いてしまうと思います。
うまく行っている時は、”大丈夫!このままうまく行く!”ということを信じていられるのに、追い詰められてしまうと、”逃げたい”とか、”うまく行かない”と本音が出てしまうものでしょう。
ですが、その時にこそ”大丈夫!このままうまく行く!”と感じていてほしいのです。
かなり難しいと感じますか?それともそれならできる!と感じますか?
追い込まれる試練があるのは、そのためだったということに気が付いた私です。
何もかもがうまく行っているときに、”うまく行く”ということを信じることができるのは、自然なことだったんです。
ですが、うまく行かない可能性の方が大きくなった時に、”うまく行く”と信じることができるかどうか・・それがこの先を決める分岐だったんです。
蓄積してきたことを信じていると確かめる出来事
不都合なことは起きてほしくない!と感じるのが正直な気持ちですよね。
都合がいいままで進んでいけることがどれだけ幸せか・・私もそう感じています。
ですが、そうはいかないのが現実です。
そこを切り抜けるためにどう気持ちを動かしたらいいか・・
無いものはないですし、あるものはあるんです。
ですからそのことを素直に許すことです。
まずはそこからだったんです。
それができるようになると、不安がある、心配がある、不満がある・・などなどを感じた後で、その気持ちがあることを指しおいて、”大丈夫!これはこれでうまく行っている!”と赦すことだったんです。
何もかもが嫌になった!もう何をやっても意味がない!
と総てを捨ててしまいたくなるかもしれませんが、そうなっていたのは、”悔しい”という気持があったからです。
その”悔しい”という気持は、積み重ねてきたことがちゃんとあなたの中にあるからです。
それらを捨てることはしなくても大丈夫です。
ちゃんと結果を出すための一歩として”試練”っていうのが起きるんです。
”まだ余裕があるわ”
”まぁ・・今はうまく行ってないけど、そのうち・・”
そう思っていた甘さが実はどこかにあった・・ということにも気が付かされるかもしれません。
それは”試練”が迫った時にこそ感じるものなのかもしれないのです。
厭な話でも耳を傾けられるようになったとしたら・・
与えられた試練に対して、”今こそ信じていることを試されている時だ”と、いう気持が芽生えたとしたらあなたは成長している証拠です。
打開策を自分で思いつくこともできるでしょうし、その思い付がどれだけハードルが高い事だとしても、あなたなら受け入れることは必ずできると感じています。
言われても仕方ないな・・
相手も言いたくなかったけどいうしかなかったんだから・・
そういう気持ちで相手のことを受け入れることができて、更にはだったらどうするか・・
そこに頭を使うことができたらあなたは大きな成長をしていたんです。
それは、あなたが信じていることを信じ切れているということだったんです。
自信を持っていいですよ!あなたが信じた道はあっていたんです!
もしもあなたが信じていたことが間違っていたら、そうはなっていなかったんです。
耳が痛いことを言われたときに頭に来てしまったり、言い訳を繰り返してしまったり、何もかもが嫌になったりしていたと思います。
ですが、冷静になって相手の気持ちを汲み取り、これからの行動をどうするかを考える余裕が出たのでしたらあなたはあなたが信じていることは、あなたが望んでいる方向性とあっているんです。
ですからその打開策を自分で引き出せることもしっかりと受け入れることができる人になっています。
そのことに自信を持ってあなた自身の打開策を引き寄せてください。
何をしてもうまく行かない・・そう思ったら・・
目を向ける場所を変えることが必要でしょうね・・
あなたがしたい事があって、それをいくらでも続けることはできているけどどうしてもうまく行かないと感じているなら、想いっ切って目を向ける場所を変えることが必要かもしれません!
私も追い詰められたことがあってどうしたらこの窮地を乗り切れるかを瞑想整体によって答えを引き出しました。
すると出てきた答えは、物凄い事だったんです。
今すぐに?!という焦りを感じる答えが出てきて、誰かに追い詰められることよりも自分が自分に出した答えに首を絞められたんです。
ですが、戸惑っている余地もなく、やっていくと決めることにしました。
出てきた答え・・それは広東語とタイ語を使って配信をしていくということだったんです。
これはすぐには・・と本気拒否をしてしまいそうになりましたが、よくよく考えてみたら”できない”が癖になっていただけだったということに気が付いたんです。
それですぐにそうしよう!と言い換えました。
出たとこ勝負を辞められた!
タイ語と広東語を使って配信をすると決めてすぐに資料作りをすることにした私は、これまで以上に何を話すか、誰に向けて話すか、何のために話すか・・それらをちゃんと絞る様になりました。
日本語は、考えなくても、話しながら自分で簡単に文章を作っていけるから怠っていたことがたくさんあったということにも気が付けたんです。
そして私が作った構文・・実は間違っているかの所為の方が家のせいとしては大きいのです。
ですが、その事にも気にせずに話してみることにしました。
凄く勇気が必要だったのですが、その為に何度も練習をしました。
完璧を求めるのを辞める!
元々、完璧にはできない私ですが、そうしようと思っていた私でした。
その為に自分の気持ちで挫折していた・・というのがとても多かったです。
それを外国語に挑戦したことで、完璧になる前にやってみる!ということにしてみました。
自分で文章を作ったものをradiotalkで話してみる!
たった二分の文章を作るのも一苦労しました。
文章ができた時、本当はもっと時間をかけて話せるとおもっていましたが、それほど長い文章が直ぐにできるわけでもありませんでした。
そして独学でしか身に着けちなかった文章能力です。
文法だって間違っているだろうし、単語一つ一つの使い方だって間違っているはずです。
それでも自分で文章を作ってみる!ということに挑戦できました。
頭の中でいくら話していたとしても、間違えていても気にしなかった私ですが、いざ誰かに向けて話すとなれば、これまで気にしても来なかったことに対して気にするようになりました。
それでも言葉が出てこないというわけではありませんでした。
間違っているかもしれないという不安からこれまでは調べるということに対して実直にこなしてこなかった私ですが、調べる時間を取って”何気なく出てきた”ということで逃げることもなく、向き合えることができました。
広東語で二分だけ話すことができた私は、それならタイ語も!という挑戦意欲が沸き立って広東語話したことをタイ語にしてみるという挑戦も始めることができました。
”完璧”を求めていてはいつまでたってもできなかったことだったと感じました。
何をやってもうまく行かない・・そう感じている人は、向いている方向性が別にあると信じてみて!
あなたがやっている事がもしうまく行かないのだとしたら、それはそうしている行動に問題があるのではなく、”誰に向けて”なのか・・そこが違うかもしれません。
一種懸命に語学を勉強している・・でも上達しない・・
そういう人が例えばいるとして、その人は語学が好きなのに、一生懸命時間をかけて勉強を続けているけど、上達しないのは、語学の種類が違っている・・という原因があるんです。
出逢えていないから、本当に好きになる語学を知らないだけだったりすると思います。
もっと目を見開いて、情報を集めることができたら、好きな語学と出会う可能性だって高くなるはずです。
私自身も日本にいるから日本人に対して・・そう思っていましたが、私自身の考え方が日本人に合うか?!っていうとなんか違う気がする・・そう感じるようになりました。
言語を変えたからすぐに結果が出るわけではないのですが、何をしていたら楽しいか、努力する事に力を注げるのがどこなのか・・そのこととちゃんと向き合ってみたら見えてきたのが、日本語を相手に何かを話すことではなくて、外国語相手に伝えることの方がやりがいがあるということに気が付いたんです。
なぜそれまでできなかったのか・・
私だけではなくて、総ての人が何となくでも自分のやりたいこと、そしてやるべきこと(使命感)を感じたことがあるかもしれません。
ですが、周りからの反対されてそうできなかった・・そういうひともいらっしゃるかもしれないですが、中には、その”使命”というものの大きさが重たすぎて逃げてた・・という人もいらっしゃるのでは??
私自身、実は逃げていました。
”できない!”が先に言葉として出てきてしまって、それが”何のために役立つのこの努力・・”という言い訳に変わってしまって”一生懸命にする”ということから逃げてたんです。
これではうまく行かないのは当然だわぁ~~って身に染みています。
すぐに何もかもうまくできないのは自然なことです。
基本を隅々までやり通して学ぶことも当然なことなのです。
ですが、私はそれが嫌でした。
すぐに独自の、応用編をやりたくなってしまうからです。
当然文法だってちゃんとわかっているわけでもないのに、パズル遊びのようにして単語を調べてはそれを当てはめていきたくて仕方なくなるわけです。
上達は遅いですが、諦めも早く、すぐに言葉にできないと、もういいわ・・と・・
これではうまく行く人生なんてあるわけなかったんです。
ですが、瞑想整体を始めて、色々本を読ませていただいて、分かってきたんです。
完璧にならない物事との出逢いこそ、完璧な出会いだった!
”ちゃんとしたいのに!”
この気持ちに焦りと怒りが混ざり合ってしまい”ありがとう”も”ごめんなさい”も感じなくて、唯々”なんでできないの?!”ばかりが頭を埋め尽くすことになりますよね・・。
ですが、その時にこそ素晴らしく完璧な出会いが起きていたんです!
なぜ完璧にしたいのか・・・
そこに気が付けた私でした。
私一人の頭の中でごちゃごちゃと広東語を話したり、タイ語を話したりしているときには、こんな完璧何て文字は一切出てこなかったんです。
本で学んだ単語を使いたくて仕方ないから、あれこれ話してはいましたが、それが間違っていようがどうしようが知ったことじゃない!
そう思って続けられていました。
それが楽しかったのです。
ですが、誰かに向けて話をする!となればそれではいけない!と思い直すようになったんです。
その気持ちが挫折を何度も産んでいたのです。
ただ・・それ・・誰の為?!
そう気が付かされました。
これまではわたし自身だけの為でよかったんです。
通じなくても私が分かっているならそれでいいや!
そういう気持だけで突き進んでこれたことが、誰かにも伝わって欲しい・・そういう気持ちに替えられたわけです。
それって大きな変化でした。
そのことに気が付いたことで私の挫折つづきの人生を終わらせられたんです。
ここを乗り切ったら・・もしかしたら私が分かっていなかったことに対して、”それは違うよ・・こういうんだよ?!”という人に出逢えるかもしれない!
そういう気持ちも湧いてきて、文章を作るって本来そういうものの為にある!ということに気が付いたんです。
ですから私は、最初の広東語の言葉を使った話題を”挨拶”にしてみました。
”これでいいの?!この文章??”という疑問も”挨拶!”
自分自身に問いかけているのか、辞書に問いかけているか・・
どちらにしても何をどうやったら現地の人に伝わる言葉になるのかわからない文法と言葉遣い・・
これであってる??
そう問いかけながら、文章を作成していると・・・って・・作文程度のちゃちいものですが、綴っていたわけです。
そうすると、何気なくこれまで私の頭の中で使っていた文章に対してひしひしと湧き出てきた疑問でした。
この時に使っているこの言葉・・この使い方で正しいの?
この文章・・文法としてあってるの?
一度疑問になるととことん追求してしまいたくて仕方なくて、結局探すだけ探して
”これ・・意味あるかな・・結局のところ略日本語で話すことになるのに!”
という逃げ腰になりかけたところで、”これノリ切れたらもっと長い文章も話せるようになれる!続きこれ言いたい!”という希望が見えたことで諦めるのを辞めました。
完璧じゃないの方が出会いが増えるんだと、よくわからない自信も持てるようになったんです。
それは、完璧にできないけど、やり切る!という強い信念が生まれたからです。
どうして”挨拶”というテーマでradiotalkをすると決めたのか。
挨拶と、”完璧”を求めないという繋がりがどこにあるのか。
これについてはnote有料記事で続きを書いていくことにします。
ご興味がある方がいらっしゃるととても嬉しいです。
最後に
飛裕紀(とびゆき)のライブ配信アーカイブを聴こう! #Radiotalk
”挨拶で変われたこと”
https://abr.ge/6qhyq6
こちらは、無料配信いたしていますradiotalkの内容です。
冒頭に2分程、広東語を入れています。
つたない言葉ですが、もしよかったら聞いていただけると嬉しいです。
ただ・・ログインが必要になります。
ご了承ください。