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本当にそれでいいの?救いの言葉に甘えた私の話

  
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本当にそれでいいの?救いの言葉に甘えた私の話

あなたは、この言葉に救われた!という言葉はありますか?

”やれることだけ確実にやれ!”とか、”やりたくなったらやればいい”とか・・

私はたくさんあります。
その中で、感じたのが、私がセッションの練習をさせて頂いたある方とのやり取りの中で、気が付かされたことがありました。
やりたいと感じているけど、その行動がどうしてもできてない・・そのブロックを外せない私がいるということでした。

やりたくないから今はやらない!
という言葉には当てはまらないと感じました。
何故なら、やりたくないというのがブロックになっているなら、やらないままになってしまうと思ったからです。

心のブロックが外せない理由・・

やりたいけど出来ない!っていうことはだれしもあると思いますが、気持ちがあるのに、その行動が持続しないとか、どういうわけか、踏み出せないっていうのは、これは理由が無いから解決できない問題です。

この心のブロック・・実は自分自身で作り上げてしまったものではないということを、まず理解してください。

それまでの経験の中で自然と出来上ってしまっていたブロックだったんです。

人を大事にしましょう。
人と仲良くしましょう。

そう言い続けられて育ってきた人は、いつの間にか他人にベクトルを向きてしまっていて、自己を見失ってきた出来事は多くあると思います。
それを長く生きていれば生きているだけ、心のブロックの多さは多く、さらに分厚く硬いものになっているので、外すのは凄く大変です。

そう言う中で助けになる存在というのが、救いになる言葉です。

救いになる言葉を探すための読書

私が読書を始めたのは、ビジネスをどうやって動かしていくか?!という事を知るためでした。
ですが、ビジネス事ばかり考える人間ではないみたいで、そういう書物ばかりを読んでいても、だんだんと疲れだしてくるんです。
そうなると読書そのものが嫌になって来たという変化を感じ始め、どうしたらもっと読書を楽しめるか?!ということに方向転換をするようなりました。

すると、ビジネス書とはいえ、やはり人生そのもののが映し出されているわけですから、”生き方を学ぶ”ことができるということに気が付かされました。

この事によって、ビジネスの前にすることは、自分を確立させることだということを学んだんです。

欠点を利点に変えてくれる言葉こそ救いの言葉

自分の欠点を底知れず見つけ出すのは凄く簡単です。
褒められてもそれをわざわざ否定するということは底なしにできてしまうものなのです。
ですから、欠点を利点にする考えを得られる言葉を見つけ出す辞書の代わりになるものが、ビジネス書にもあったということに気が付いた時に、私は、ビジネスそのものが人の為になるということが分かりました。

こういう人生にしかなっていないのは、私が欠点だらけだからだ!という考えから、こんな欠陥品のような人生を送っているのは、そういう経験をしないと見えてこなかった部分があるからだ!という考えに辿り着くことができました。

確かにその通りで、イジメに遭ったことが無い人には、イジメに遭っていた人の事なんてわからないですし、厭な思いを積み重ねてきて悲観したことが無い人には、そういう人の気持ちが分からないのです。

分かるからこそ言える言葉があるという事が理解できたのもビジネス書を読んでいたからでした。

どこにでも救いになる言葉はある!

どんなものでもいいですが、人の言葉を聞く、読むをしていると救われる言葉はある!ということです。
本当に好きなものに突き進んでいくと、そこに必ずあなたを救ってくれる言葉には出会えます。

そしてその言葉たちが、あなたがどの方向へ向いて生きていくかを指示してくれるのです。

救いになる言葉を頼りに生きているとできない事にもぶち当たる!

”やれることだけ確実にやれ!”
”やりたくなったらやればい”

この言葉に救われた私ですが、この言葉を頼りに生きていると、疑問が出てきました。

やりたくなったらでいいから、出来ることは確実にする!

そう決めて進んでこれたわけですが、ふと気が付かされたんです。
これ・・よくよく考えてみると、出来なくはないんだよね・・・ってことがある!という事、
そして・・やりたくなったら・・っていうけど、やりたくなったら・・って待ってるだけでいいの?ということです。

確かに無理はない言葉です。ですから救われていたんです。
だけど、本当にそれでいいいの?という疑問がわき出してくることが出てくるんです。

こういう衝動は誰にでも起きると思います。
最初の内はその言葉に救われていて、その生き方が安心できると感じていたけど、疑念を抱くようになっているんです。

何故なら、そういう方は慣れ親しんでしまうことをしない人だからです。
それが向上心だと感じました。

少しでも自分を高めたい!と感じ始めているからそのままではよくない!という気付きを得ることができているんです。

いつも行く場所、いつも見る景色・・慣れている道だからこそ安心できますが、そこばかり通っているのがつまらなくなりますよね・・
どっか行こうかな・・家にいるだけじゃつまらないし・・って事でどこへ行こうか考えて思いつく場所が、いくつかあるけど、どこも生き慣れている場所しか浮かんでこなかったら、他にないの?!って自分で突っ込んでしまうことが私はよくあります。

田舎だから・・って言い分けのように自分を納得させるものの、そこ行ってもなぁって気持ちが乗らないまま、そこへ行くしかないと・・。

これって・・凄くもったいなんです。
折角いつものところじゃないところへ行こうって気になったものの、何も探すこともせず、いつものパターンを選んでいるわけです。

これが結局甘えなんですよね。
面倒くさいという甘えが出てくるから、情報を探すことをしないまま”これで仕方ないか・・田舎だから!”と・・・自分が住んでいる場所が悪いことにしているわけです。
本当は探せば、田舎らしくない程場所があるはずなのに、知らない私自身を差し置いて田舎!と・・まるでこれは悪口です・・。

”本当にそれでいいの?!”という言葉は、そういう私に対して出ている言葉だったんです。
”できることは確実にする!”
”やりたくなったらやればいい”
どちらもできていなかったんです。

救いになっている言葉さえもこういう所で蔑ろにしていたわけです。

こんな小さな気づきに気が付いていながら何もしない!というのでは、向上心がいくら芽吹き始めても状況を変えられるはずはなかったのです。

ビジネスとは関係ないから・・というのもこれ、いい訳なんです。
ちょっとしたことでも私自身に関係しているものに対して興味関心を持って、調べてみるという手段を取ることができない私が、何か誰かの為に動こうなんてできるわけがないんです。

ちょっと出かけてみたい!そういう気持ちが芽生えたら、やりたくなった時!なのです。
そしてちょっとスマホを調べると、情報何て出てくるわけですから、簡単に調べられる便利さを確実に使っていなかったら、出来ることを確実にするということもできていなかったんです。

こういうちょっとしたことを無視ししていると、自分の本心を見失ってしまう、”不感症”になってしまうんです。
こうなると、過去の経験がうんぬんかんぬんというのは通用しないんです。
この”不感症”というのは、長倉顕太先生の”コンテンツ化せよ”という著書に書かれていました。

過去でどれだけ傷めつけられた経験があっても、割り切ってそうできている人もいますし、”過去の経験”と言っている以上、現在のことでは決してないと認めているからです。

自分と他者のの境界線が引けていない人は、過去と現在の自分の境界線が引けていない

これ・・わたし自身がそうだったからなんですが、そういうことだったんです。
いつまでも過去を引きずっていたから、そうできなかったんです。
私が思っていることが素直に行動に移せないという面倒くさいを言い訳に勇気がないだけなのを隠していたんです。

どちらも最低な言い分けですけど、面倒くさいっていうと、やる気がないだけでやりたくなったら何時でもできる!と言う言い方にもできますが、勇気が無いというのはいくら待ってもできません。ということをはっきりと示している言い方です。

どちらが言って都合がいいかを実は瞬時に考えて、”面倒くさい”と・・こういう言葉が出てくるのです。

どちらにしても聞いている相手は、相手にしたくないと感じる言葉でしかありませんが、行って都合のいい方を選んでいるわけですから、相手を怒らせても気にならないのが”面倒くさい”だったのです。

気が付けただけ一歩前進!

そう思わないとやってられないって段階なのがその時です!
まさか救ってもらっていた言葉で足元掬われるとは本当に思いもしませんでした。

ではどのようにしてそれを改善していくか・・ということなんです。

これらはすべて欠点ですが、利点に変えることが必要です。
そうしないと勇気なんて出ないからです。
勇気が出なければ、これまで通り何もしない日々を送ることになります。

気が付いたんですから、確実にその欠点を変えることが重要です。
じゃぁどうしようか・・ということですが、まずやりたいという気持ちに素直になることです。

どうしたって人は大きな目標を持つとそこに直結していないことは無視をするものです。
ですが、本当に大きな目標を達成している人たちは、その目標に直結していない物事も無視をせずコツコツと行っていた人たちだったのです。
だから大きなことができたわけです。

物事はすべて繋がっていた

どっか行ってみたいけど、よく知らないからいつも行く場所でいいや・・
という気持ちの方が楽です!ですが、この時の私自身気持ちを欲求を満たしていないわけです。

その体制でビジネスをするの?!って事です。
そうなんです、立った一瞬の気持ちさえ満足させることができない私にビジネスとしてペルソナさんを満足させるって・・・それは傲慢だったんです。

探してなかったならそれはそれ良いんですが、探そうともしていなかった・・
これはかなり問題だったんです。

探し慣れていない、知らないところへ行くのは不安・・そういう気持ちから調べることさえも億劫になるというのは、これ・・過去がどうのこうのではなくて今の私自身の問題だったのです。

普段から私自身を満足させる癖をつけること。

何でもいいから何かしらの情報を集めて楽しくなるものを探すということをするのは凄く大事なことだということに気が付きました。

そのお陰で、私自身を救ってくれた言葉の意味はもっと意味がある言葉になって還ってきていると私自身感じています。

依存・マイナス思考・飛びぬけられない

飛躍したいとかんじていながらも一歩抜け出せないと奮闘しているあなた・・

実は飛躍していたことをご存じですか?
そう感じられないのは、観察力が足りていないだけだったんです。

人から理解されていない気がするとか、人を理解できていない気がするとか・・
会話の中でどうしても感じてしまう他者との距離感。
これが一歩も前進心していないと感じさせてしまう理由だったのです。

ですが、実はそうではなく、人より一歩前進しているからこそそう感じているんです。
他者と波長が合わないと感じてしまうのは、あなた自身が何歩も先を歩んでいたからです。

人が考えることとは違うことを考えているあなたですから、他者との波長が合わなかったんです。

よく観察しているとよくわかってくるはずです。
観察をするには冷静さが必要で、入り込んでしまっているとどうしてもそれができないんです。

何歩も人より先を歩んでいるあなたが、その人たちと波長を合わせるには、距離を置かないと合わないんです。そのことに気が付かないといくら頑張って波長を合わせようとしても、揃えられないのです。

私も同じでした。

波長が合わないと感じつつも、距離感をずらせばいいだけ!
そのことに気が付かなかったので、いくら今できることをしようとその場で頑張っても、やりたくなったら・・と待っていても確実にできることもできませんし、やる気も出なかった訳です。

よく観察するという冷静さと謙虚さ

黙って観察しているということが謙虚さだと気が付かされました。
これまで謙虚さって何?!ってずっと疑問でしたが、観察している事だったのです。

”それ違うんじゃないの?!”って・・誰の話を聞いていても思ってしまうことは多々あります。
それは私自身の意見ですから持っていてもいいんです。
寧ろそれは持っていないといけません。

ですが、それを口に出して言うのは謙虚さが無いということでした。

言わずに自分の中で消化する!ということが必要だったんです。

”そうしてこの人はそういう考えをするんだろう・・”
と考えるのではなく、
”そういう考えをこの人はしている。”
と素直に受け止めて、その今後の付き合い方を考える方が謙虚なんです。

考え方が合わないとわかったら黙ってその人から離れるということも謙虚さだったんです。
逐一揉め事を起こすよりも、自分のやり方を見つけることができたので、これからは独自に道を歩んでいきます、お世話になりました。と、心に告げて黙って去ってもいいのです。

ビジネスとして人を誘えない私

ブログを更新しても、SNSにその報告ができない私です。
そのことで、随分と悩んだんですが、これ・・必要か?ということにきがつかされました。
何故なら、誘っても動かない人は動きませんし、誘われなくても動く人は動きます。
詰まり誘っても誘わなくても変わらないのです。
誘ったら動く・・というのは、それは動かしているわけです。
そう言う人を引き込みたいとは思ってないので、誘わないという答えが出せました。

それが、ビジネスから逃げていると、恐らくビジネス講座の講師には言われてしまうと思いますが、私の本音は、”出来ることは確実にする!”という言葉の中に、”誘う”という行動は入っていないんです。

そう思っていた以前の私ですが、観察をする!という役割が一つ増えたことで、誘うという行動で、どういう変化が起きるかを見る!という行動を増やすことにしてみました。

”誘う”という行動が本当に必要なかったら、出来ないをできるにする考え方を見つけることはできなかったのですが、必要があるからこそ考え方を変えるヒントが見つかったわけです。

それを無視すると、心がやんだり自分を見失ってしまうということが起きます。

支えになる言葉をしっかり胸に留めて置けば・・

私の場合、支えになった言葉は、
”やれることは確実にやれ”という言葉と、”やりたくなったらやればいい”というこの二つが欲に大きい支えの言葉です。

それに沿って物事を考えていると、自然と見つけることができる自分の生き方に合った考え方や道筋、そしてその手段でした。

これだ!とすぐに決めても別のものが見つかる・・っていう場合もあります。
それはブレたというわけではありません。
見えているものが違ってきただけです。

それはあなたが揺らぎやすいからではありません。
成長しているからです。

時間も状況も環境も変化している

不変なのもはありません。
それは人との関係も同じです。
そしてあなた自身の考えかも生き方も不変ではないのです。

ですから、それまでのあなたがよりどころにしていた言葉が変わってくるのも自然的なことで、感受性が強い人は特にあれこれと変化が目まぐるしいでしょう。
一日で変わるということもあると思います。
ですがそれはあなたがいい加減だからではなく、素早い知識と頭脳を持っているからです。
それを人に言うからそう言われてしまうんです。
あなたの考えが変わったことを伝えて、”いいか加減な奴”というような人に話してしまったことで、”自分はそういうやつなのか”と追い詰めてしまうようなことになってしまうのは、ご自身に対する謙虚さが足りていなかったからでした。

私もあります。
どういうわけか、人に何でも話す人・・あれにあこがれを抱いていたんです。
なぜかは、今となっては分からないんですが、そういう馬鹿な性格をしていました。
ですが、そういうことで他の人にい話してしまったために”いい加減な奴だ”ということを散々言われていて、私自身が自信を無くしていきました。

それ・・わたし自身に対する謙虚さが無かったんです。
こういう場合は、他の人には理解できないだろうと・・驕りからかもしれないですが、そう思うことで自分を守ることは必要です。

人を見下している・・そう感じる人もいるかもしれないですからいわない方がいいんです。
”この人とは理解し合えない”と素直に感じたことは。
それが謙虚さだということを知りました。

人って何れ離れるんだよ

GACKTさんが言っていた言葉ですが、確かにそうだわぁって感じました。
”あなたがいないと困るんです”って・・言われてしまうと、”そうでもないでしょ?”って返しているGACKTさんだそうです。

頼りにするのと依存するのは違うってことを伝えていました。
”何れは自分で動けるようになる!ということを考えていないと何もできないんだよ”って言ってました。

そうか!!って私も強く共感しました。

そうなんです!最初の内は一緒いろんなことをやっていっても、それは一時的なものであって、いずれは経験を重ねて、ずっと一緒にやっていくということはないんです。
それぞれの考えがあって動いているからです。
そうなるのが自然だったんです。

つまり客観的に人を見て、よく観察していることは凄く大事なことでだったんです。

”できることを確実にする”
この言葉通り、人を観察することはできるわけですからその中でよく考えて先を見ることが”確実”ということでした。
その中で”この人と・・”って直感が働いたら、”やりたくなったらやればいい”ということに繋がっていたんです。

最後に。

最初か総ても答えが全部出そろうはずはありません。
どれもこれもバラバラのパーツが準不揃いで手元に集まってきます。
ですが、本当に必要な言葉や情報はしっかりと心で受け取っているので、記憶できないということは決してなかったんです。

それらをジグソーパズルのように組み合わせていくと、
”ここへ行く”
と決めた場所に道は繋がりますし、その手段も、伝え方も、そして生き方そのものも見つけてられるわけです。

大事なことは、手に入れて”これだ”と感じたものは手放さないで、いずれ使うかもしれないと体で覚えてしまうことだったんです。
その為に行動をすることが絶対条件だったんです。

場の空気が読めないから人とうまく接することができないとか、何となく思ったから今言ってしまった・・とか・・
色々理由はありますが、人との関係をうまく作れないということが自覚できたその時だからこそ、出来ることは、よく観察しているだけにとどめておくことです。

私もADHDなので、口が先に動いてしまうことがどうしても起きます。
今それ言うことか?!ってことを突然告げてその場の空気を壊すのは凄く得意ですが、それで、何が生まれるかというと、わだかまりだけです!
それで自己嫌悪していても仕方ないんです。

人との関係が嫌いになってもそれは自業自得だったんです。

そうではなくて、よく観察することで、その場の空気はそのまま維持できるのですから、その時、私ができることは、確実に観察している事でした。

大体にして観察しているとわかってきます。
溶け込めない!と分かったところにいると、学びもな変えれば、共感する言葉も何もないという事を。
詰まり、場違いなところに来てしまった・・という反省を人知れずできるというわけです。だんだん慣れてくると、こういう感じの人とは合わない!とすぐに感じることもできるようになるので、そういう人とは関わらないという決意はすぐにできるようにもなります。

ですから、すぐに変わってもいいので、何か一つこの言葉が支えになる!という言葉を探すことはあなたの強い味方名になると思います。

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