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総てをワクワク・ドキドキに変えると失敗さえも楽しくなる。

    
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総てをワクワク・ドキドキに変えると失敗さえも楽しくなる。

失敗するのが、嫌いって、なぜ思うようになったんでしょうねぇ~?

まごもりをしている母の手伝いの為に、私は甥っ子を見ていることが多くなりました。
まだ2歳になっていなかった、1歳半くらいの甥っ子は少しずついろんなことに興味を持ち始め、自分でやってみたい気持ちを持ち始めましたね。
その為に、失敗はついてきます。
物を食べればこばしますし、飲物飲んだら口に入る量よりも零れる方が多い・・・
それでも、甥っ子見てると、それがなぜなの?って表情で零れたものを見つめるだけ。
失敗したという感覚は持ち合わせていませんでした。
口に入って行かないことに対して、残念がっていながらも、零れたものを拾って食べたり、零しても気にせず、飲み続けるという頑張りを見せてくれました。

大人たちなんですね。
失敗を許すことをしていないのは。
私は、つい自分の手を掛けられるのが嫌で、零したりしないように、手を貸してしまいますが、甥っ子は自分でしたいんです!
その気持ちに寄り添えていなかったことを本当に申し訳ないと感じています。

失敗してはいけないっていう法律はないんです。

どこの世界にも、恐らく、自分の失敗の責任は取るようにという規則があっても、失敗するなという法律はないんですよね。

極端な話をすると、自転車に乗っていて、一人で倒れた。
自転車で転んだので、逮捕しますって。どこの国にもないことなんです。
文字を書き間違えたので、罰金なんてこともないですよね。

あるのは、その後の対処をしたか、しなかったなんです。

失敗をすることが恐いという感覚でいると、対処することから逃げてしまうのです。

先ほどの私が甥っ子に対して、なにかをこぼしたり、汚したりしてそのあと始末が面倒だから、注意した。
これって、私自身が自分の役目から目を背けた行動なので、席にを取るという事から逃げているんです。
大人の役割、それは子供を成長させること。
その為に失敗するのは、子供の仕事で、大人はその失敗をどう対処するかを見せる必要があったわけですから、失敗してもいいよと言えなかった私は、大人としての自覚が足りないのです。

子供と同じようにドキドキ・ワクワクを感じていると、失敗も楽しくなります。

子供と同じような気持ちで、何も知らなければ・・と考えるとどうでしょうか?
神経質な子は、神経質なので、慎重に行動する子もいるでしょうし、行動した後に失敗して気に食わない顔をする子もいます。
これがその人の本質になるのですが、失敗を恐れずに立ち向かう子は、やってみてたのしんでますね・・・何もかもが楽しいと感じている子もいるんです。
とても嬉しいことに、そういう甥っ子なので、私は、成長できるようになりました。

神経質な子供から学ぶ人もいるでしょうね。
慎重さが足りない部分は、甥っ子の上の子から、私は教わりました。

楽しいと思ってみていると、気持ち楽にして、見ていられますし、観察もできて更に楽しくなります。
周りを見失いやすい私ですが、何かをする前に、まず周囲を見るという事も甥っ子から学びました。

楽しく失敗するのはいいのですが、同じ失敗を来る返すのは学べていないので、そうならないための方法を、見つける一つの手段が、まずは周りを見るという方法です。

これも”愛”をもって見てみると、色々感謝することが出てきました。
机の角っこに、足をぶつけた。
痛いので、頭にきて、机を悪く言った。
ですが、”愛”を受け取ってみると、机があるところに足を置いたんです。だから、ぶつけたんです。
見てから動かすようにしていたら、回避できていたことだと気が付きました。感謝です。

失敗とは、行動の結果でしかないのですから、失敗する行動を私がしているんです。
その原因がどこにあるのか、その回避手段は何か?
これを考えるときに、ドキドキ・ワクワクした気持ちであれば見つけるとが出来るのです!

なんでそんなこと気にするの?という疑問は、なんでそこを気にしなかったの?という事同じだった。

私は、人が気にすることを気にしてこなかったのです。
だから、”人の気が知れない”と、いう事になるのですが。
細かいことをいちいち気にするなぁ、この人って良く思っていました。
でもそれは、私が、気にしてこなさ過ぎたんです。

机の角っこに足をぶつけた。
何かわからないけど、痛かった。だから何かにぶつかったんだと思った。
それで終わっていたんですね。

机の角ならまだいいですが、本棚の角に膝をぶつけた。衝撃で落ちた。
何かわからないけど、足が痛い、何かにぶつかったんだ。なんか音したな。はい!終わりってことしていたのが、これまでの私でした。
ですが、そうじゃない事に気が付きました。
だって落としてるんです。
自分のものだから。いつか拾えばいいんだから。
それっていつですか?
こういうことをずっと見過ごしていました。

ちょっとしたことに気が付くっていう事をワクワク・ドキドキしながら見つけると、それを対処することだって、同じようにワクワク・ドキドキできるのです。 

なぜ私がこの話をするのか?

いつの間にか青端を作っている人の中には、ちょっとしたブツケ傷に慣れすぎていて、なぜそれが起きたのか、知らない人がいるんですね。
その中で一番多いのが、やはり気が付かないが原因なのです。
気が付かないと、実はいろんなところに見落としがあったりします。

通路は真っ直ぐ通れるようにしておきましょう
通路が通りにくい環境になているのに、そこに気が付かないから、無理な体勢で実は体をねじらせて動いていたりするのです。
それが気が付かないうちに、腰の負担、膝の負担になっていることがあるのです。

何を踏んだのか気にならないから、知らない間にけがをしている。

落ちている者に対して注意を払わないから知らないうちに、怪我をしていることがあります。
それ、落ちていると危ないよね?と気が付ける人は、痛い思いをしたら、必ず痛みを感じたところではなく、その原点に目をやるので、今後そのようなことが無いように、自分があるく一歩前に注意を払っています。
ちょっとしたごみでも気が付く人は、目線の先が自分よりいっぽ前にあるからなのです。

ケガや、体の不良を感じない人は、自分お体を守るための備えをきちんとしているからなのです。

これが、生活にも仕事の仕方にも表れているの、上手に生きていう人に感じますが、実は、失敗を学んで、成功へと一歩ずつ歩んで来た人たちだったのですね!

自分の生き方を、学んでいる人は、体も心も考え方も精通して、守っている人なのです。

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